映画『ドキュメンタリー沖縄戦 知られざる悲しみの記憶』を観て:「知ること」と「教育」の大切さを感じた

映画『ドキュメンタリー沖縄戦 知られざる悲しみの記憶』

映画『ドキュメンタリー沖縄戦 知られざる悲しみの記憶』を観た

2020年8月、映画『ドキュメンタリー沖縄戦 知られざる悲しみの記憶』を観た。

観終えてまず思ったのは、私は沖縄戦のことをほとんどと言っていいほど知らなかった、ということだ。

もういい大人になるというのにだ。

そして同時に、学校教育の中で、どれだけ注目されず、ちゃんと伝えられずにいるものなのかと思った。

もちろん、沖縄戦のみならず戦争に関しては、どんな教育を受けて育ったかや、その後どんなことに興味を持って自分で学んだかで、知識の差は大きいと思う。

恐れながら言うに、私は若い頃、それほど戦争や近代史に興味を持たなかった。

歴史といえば、主要な事件と年号を覚えたり、歴史に名を残した主要な人物を覚えるもの、みたいな感覚だった。

そこに、肉迫したストーリーが語られることは無かったように思う。

けれど、この世界に生まれ落ちて数十年、自分の生きてきた時間だけを振り返ってみても思うが、

歴史とは、人間の生きてきた足跡であり、人と人、集団と集団、国と国との間に起こったこと、あるいは何かの意図があって起こされた出来事の連なりである。

一つ一つの出来事から、旨味を味わっていた人々もいれば、犠牲となって苦しみ悲しんだ人々もいる。

素晴らしい人間性によって人々を救った人もいれば、自身の持てる力を悪用して人々を利用し搾取した人もいる。

歴史とは、本来は、そうした人間臭いものであり、人々の様々な感情が引き起こした行動の束であり、結果として語り継がれる物語であり、実際にその時代に生きた人々が歩んだ道なのだ。

この地球にはあまりに多くの人が生きているし、様々な人間関係が交錯し、膨大なストーリーがあり、把握することに途方に暮れていた私がいた。

けれど、それで投げ出していては、何も知ることができない。

だから、少しずつ時間をかけて知っていくしかない。

そう思って、興味を持った事から少しずつでも学んでいこう、と思えてから、それほど時は経っていない。

そんな折、ちょうど終戦記念日のこの季節に特集が組まれていた、戦争にまつわる映画を観ることにした。

以前から気になっていた戦争、空襲、沖縄

私の亡くなった祖父は、戦争の時代に青年期を送った人であり、空襲の体験者だ。

けれど、その昔、幼い私が戦争のことを尋ねても、祖父の口は重く、まともに体験が語られることは無かった。

その後、少し大人になってから、また尋ねてみても同じだった。

若かった私は、身近に体験者が居るのに直接話を聞けないことに、フラストレーションを感じていた。

正確に言うと、幼い頃はなぜ答えてくれないのだろう?と疑問を持っただけだったが、段々とフラストレーションに変わり、強度も増していった。

今思えば、祖父にとってはあまりに辛い体験で思い出したくもないし、語りたくもない事だったのだろうと思う。

幼い私の純粋無垢な好奇心は、知らないうちに祖父を傷つけていたかもしれない。

そう思えるのも最近になってからだ。

だから、自分で少しずつ知っていくしかないし、知っていくことで、祖父が口をつぐんでいたその複雑な気持ちも理解できるのだろうと思う。

沖縄のことも、以前から気になっていた。

以前、沖縄に訪れた時に、街の居酒屋で知り合った現地の人とたわいの無い話をしたことがある。

会話の中から、本州にはない文化の一端を感じて、その背景に、何か本州と違う空気を感じていたこともあるし、

周りにいる沖縄出身の人から時々感じられた、戦争が背景にあることを感じさせる考え方や揺れる感情などから、これはちゃんと知っていかなければならないことだと感じていた。

映画が教えてくれたこと

今回観た映画は、こうした思いを持った私に沢山のことを教えてくれた。

アメリカ軍が沖縄に上陸した時のこと、終戦日までの持久戦、実質的な沖縄戦の終わりは終戦日より後だったこと、

本土からの扱い、日本軍が民にしたこと、集団強制死(集団自決)、本土への船による学童疎開の最中に起きたこと、

国が民にした教育、戦争が人間の心を奪い去ってしまうこと、母親が自分の産んだ子どもを殺すことまでしてしまう背景、

アメリカが立てた戦略、アメリカ軍が記録として残した写真や動画、生存者の証言、沖縄戦の研究者が語る戦いの背景にあったことや、戦争から学ぶべきこと、

丁寧に関係者から聞き取り、その様子を映像にしたこの映画を見続けていくうちに、

知っておくべきこと、後世に伝えるべきことなどが、浮き彫りになってくる。

戦争は、悲しみだけを残した。

ちょっとした判断や、とった行動の差が、生死を分けた。

本来であれば、手を差し伸べるべき弱者に対しての厳しい仕打ち、それは生き残りをかけた動物としての人間の本性であり、

理性を持つが故に、教育が洗脳へと変わり、人間らしい愛や慈悲が失われてしまった行動でもあった。

愚かさと過ちは、直視することで、同じ轍を踏んでなるものかという強い思いを生み、心の中に静かでありながら確かな錨を下ろすことができる。

私が知りたかったのは、年号と起きた事件の名前や、正しい地名、重要人物の名前などではなく、

その時に生きた人々の叫び、心のざわめき、吐息すらも聞こえてくるような、リアリティを伴う真実だ。

そうしてこそ、過去に生きた人が、心の中に実在することができ、その思いを学びへと変えることができるのだと思う。

学びが起こるものこそ本来の教育であり、その後心の中に生き続けるものこそ教育の成果であり、意味があり、価値があると思う。

心に残る戦争体験者の声

映画の中で、ある年配の女性が当時の体験を語っていた。

当時9歳だったその女性は、母親から「先に逃げなさい」と言われ、

小さな赤ちゃんをおぶって、兄弟を連れて防空壕へと逃げ込んだ。

周りの大人たちは、赤ちゃんの泣き声が敵に聞こえたら、防空壕にいる全員が殺されてしまうことを恐れ、「泣きやませろ」「この防空壕から出て行け」と言った。

9歳の少女は、赤ちゃんを泣きやませるために、自分の腕を赤ちゃんに噛ませ静かにさせようとした。

赤ちゃんは泣きやみ静かになったが、ふと気づくと自分の腕が青くなり、赤ちゃんも息絶え絶えになっていて、これは死んでしまう、と思い直し、腕を赤ちゃんの口から抜く。

しかし、そうすると赤ちゃんがまた泣き始める。

ついに、少女たちは防空壕を出て行くことになり、外の山で過ごすことになる。

彼女は「戦争は人の思いやりや、人の心を奪ってしまうんだな、と思った」と語っていた。

この話は、戦後しばらくの間は誰にも語ることもできず、周りの人への影響も考えて、ずっと口を閉ざしていたと言う。

しかし、時が流れ、戦争で起こる事や悲しい思い、残酷な現実を風化させてはいけないという強い思いから、

自らの体験を積極的に話すようになり、呼ばれればどこにでも行って、戦争体験を語っていると言っていた。

もう年配のその女性が、9歳の時の話を語る。

何度もしている話かもしれないが、それでも感情が溢れて、大きな声になりながら語っていた。

戦争は、どれほど人間の根底を揺るがすものなのか、人間の善なるものと対極にあるものなのかを、その女性が語っている時の様子そのものが、物語っていた。

一方で、洞窟へと逃げ込んだ人々を集団強制死(集団自決)から救った人がいた。

その男性は、ハワイに留学した経験から、英語が話せたことと、当時の軍事教育を危険に感じていたという背景があった。

洞窟へと近づいてきたアメリカ軍兵士と話をし、彼らに村人を殺す意志はない事を確認し、洞窟に居た全員は無事に生き残ることができた。

他の洞窟や地域では、多くの集団強制死(集団自決)が起こっていたにも関わらず、奇跡的なことだったと言う。

人が変わるのは、ショックか感動を感じた時だと聞いたことがある。

戦争について知っていくと、ショックと感動の両方を感じざるを得ない。

同時に、ショックと感動で大きく揺さぶられた心は、より良い未来のために理性を動かしていくのだと思う。

チェリスト、パブロ・カザルス氏の言葉

20年ほど前、日本テレビで「知ってるつもり?!」という番組が放送されていた。

歴史上の人物を取り上げ、その人の一生を伝える番組だった。

当時の私には知らない人も沢山紹介されていて、見るたびにこんな人が生きていたんだな、と勉強になったことを覚えている。

リアルタイムで見れないときは、録画して見ていたほど好きだった。

司会の関口宏さんが、毎回番組の最後に、その日に取り上げた人物が残した言葉を読み上げるのだが、これも興味深かった。

本当に沢山見たけれど、中でも記憶に残っているのは、ナチスからユダヤ人を救った杉原千畝氏と、チェリストのパブロカザルス氏だ。

杉原千畝氏は、数千人のユダヤ人を救った日本人として有名だが、私が知ったのはその時が初めてだった。

映画「シンドラーのリスト」が公開になった時期とも近く、日本人にもこんなに勇気を持ち、命懸けで人々を救った人がいたのだ、と感動で胸が熱くなったのを覚えている。

チェリストのパブロ・カザルス氏も番組で初めて知ったのだが、バッハの無伴奏チェロ曲を発掘し世に出した人であり、平和活動家でもあったその生涯に心を打たれた。

何より、番組最後に、パブロ・カザルス氏が演奏するバッハの無伴奏チェロ曲をバックに読み上げられた、氏の言葉が心を打った。

チェロの音色と、氏の言葉が、氏の信条と信念を物語っていたからこそ、深く胸を揺さぶられたのだと思う。

今回、記事を書いていたら、ふと思い出されたので、ここにその言葉と、音楽を紹介したいと思う。

学校はいつになったら2プラス2は4とか

フランスの首都はパリとかではなく

子供たち自身が何であるかを教えるのだろう

子供たちよ 君は驚異だ 2人といない存在だ

君の足 君の胸 君の身体

君はシェークスピアにもベートーベンにも

どんな人にもなれるのだ

だからこそ君と同じ存在である他人を

傷つけることなどできないのだ

敵対するものは殺すべしという掟がはびこる時代に

生きなければならなかったことを 私は悲しく思う

祖国への愛 それは自然なものである

ではなぜ国境を越えて他の国々の人々を愛してはいけないのか?

我々は一本の木につながる木の葉である

人類という一本の木の・・・

(パブロ・カザルス)

学びと気づき

今回の映画を観て、そしてパブロ・カザルス氏の言葉も思い起こされて、私が大事だと思ったのは、

「知ることの大切さ」と「教育の大切さ」だ。

そして、後世に伝えること。

自分の頭で考えること。

妄信しないこと。

時には疑うこと。

何が大切なことなのかを見失わないこと。

ハートに聞くこと。

理性の前に感性を大切にすること。

人間らしい思いやりを忘れないこと。

まだまだ私の学びの旅は始まったばかり。今回の映画をきっかけに興味が広がっている。引き続き知ること、学ぶ事を続けたいと思う。

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この記事を書いた人

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わたなべ えり

カウンセラー/セラピスト/講師/ファシリテーター
カウンセリング・セラピー・コーチングなどを融合させ、人がいのちの喜びを生きることをサポートしています。
10代の頃から心に興味を持ち学ぶ。「自分のやりたいことが分からない」、「感情が分からない」、「人とのコミュニケーションがうまくできない」、自身も苦しんだこれらの悩みに光をもたらしてくれたのは、心の学びを通じて、自分の心を見つめることでした。
悩み苦しみは、転じていのちの喜びへと通じているのだと思います。そのプロセスの伴走をさせていただいています。
好きなことは、旅、読書、音楽を聞くこと、散歩。また、自然をこよなく愛する。