念願のDRUM TAO公演を見に行けた。
DRUM TAOは、和太鼓演奏を中心にしたパフォーマンスで世界各国を公演して周るグループである。
2年前に友人の話でその存在を知り、興味を持っていた。
以前、佐渡に旅行をした時に、和太鼓の演奏を聞きに来ていたご夫婦と出会った。
毎夏、佐渡で演奏があり、いつも見に来ているとのことだった。
その時の演者はTAOではなかったけれど、和太鼓というキーワードが引っかかっていた。
そして、記憶をそこから更に遡ること数年、ある時、友人から知り合いが和太鼓を習っている、と聞いたこともあった。
和太鼓・・・。
日本人でありながら、なかなか縁遠い楽器だったけれど、思えばその時から頭の片隅に残っていた楽器だった。
そこへ、また最近になって、友人がDRUM TAOの舞台に通い詰めていると言う。
ますます気になってきたのであった。
そして今回、誘いを受け、ようやくDRUM TAOの演奏を聞くことができた。
会場に到着してみると、かなりの客足。
これほどまでに人気があるのか、と驚く。
トイレには長蛇の列。
演奏は、休憩無しのぶっ通しで2時間だという。
慌てて、トイレの列に並んだ。
用を済ませて、着席。
すると、静かな和太鼓の音で、TAOの世界へと誘い込まれるように演奏が始まった。
少しずつ、曲の激しさと力強さが増していった。
途中、肉体の限界を見せつけながらの演奏もあり、客を沸かせる。
そして、客席とのキャッチボールで、観客を楽しませる演出の一コマ。
感動と一体感が増し、ボルテージが上がっていく。
どんどん会場が沸き、熱気が最高潮の高まりを迎えた時に、演奏は終了した。
感想は、感動!感涙!圧巻!であった。
太鼓を叩くという演奏は、とても原始的だ。
そこに言葉は要らない。音階もハーモニーも、メロディーラインも。
だからこそ、とてもダイレクトに身体に響いてくる。
太鼓を叩く振動が、舞台から遠く離れた客席まで伝わってくる。
太鼓の大きさと、振動の大きさが比例していた。
身体の芯が揺さぶられ、細胞一つ一つが弾けるような、いのちの躍動を感じる。
近くの席の小さな子どもも、演奏を聞きながら、一緒になって目の前の手すりを叩いていた。
音色の美しさや、繊細さといったものを、必要以上に気にすることなく、ただこの振動に身を任せていればいい。
そうすると、内側から元気が湧いてくる。
自然に笑顔になる。
身体が動き出す。
いのちの喜び、いのちの祝福、いのちの目覚めが、そこにはあった。
耳を澄ませば聞こえる、自分の心臓の鼓動、脈の音、呼吸の音。
音を発する私たちの身体。
太古の昔から、人は音とともに生きてきた。
音に怒りや恐怖を覚え、奮起もするし、感動して、感涙もする。
音が与える身体と心への影響は大きいのだと思う。
とても原始的な太鼓の演奏だったからこそ、改めて自分と音との関係を見つめたいと思えた。
参考ページ:DRUM TAOの公式ページ