樹木希林さん出演映画「日日是好日」 心の滋養となる映画 特別でない日常の一瞬一瞬が煌(きら)めきを放っていた

昔から、いわゆるハリウッド映画があまり好きではなかった。

ドン、パン、ジャーン、イエーイ!

とか

ああ、楽しい、ハッピー!

みたいな、

観客である私を、感情のジェットコースターに乗せて走りきるような、ストーリーと演出。

居酒屋でとりあえず頼んだビールを、ゴクゴクブワーッと飲んだ!

みたいな、そんなイメージ。

それはそれとして、もちろん否定はしないのだけど、

どうもしっくりこなくて、遠ざけていた。

だから、いつも、小さな映画館でマイナーな映画ばかりを見てきた。

いまなら分かるが、

映画を見終えた後に心の滋養となるものがあまり残らない感覚が、好みではなかったのだ。

思えば、映画だけに限らず、時を過ごした後にその感覚が残るものを、

知らず知らずのうちに選んできたのだと思う。

そのことを、今回、「日日是好日」という映画を見て、はっきりと自覚した。

樹木希林さんが出演している映画「日日是好日」は、言葉にできない感覚を私の心と身体と魂に残した。

映画が始まって早い段階で、静かに涙がこみ上げた。

サラサラと流れる小川を背景に、映画のタイトルが出てくるだけのシーンで、本当に冒頭の部分だったと思う。

自分でも驚いた。

そこから先も、誰かのセリフや、何かが起きたからでなく、

本当に何気ないシーンで、私は涙していた。

緑とベンチ

特別でない日常の一瞬一瞬が、言いようもないほどの煌(きら)めきを放っていること。

心を落ち着けて、静かに内側と外側の世界に耳を傾けることで、なにかが流れていくこと、

同時に、その時、その瞬間に、「在る」自分に気づくこと。

茶道の所作や、掛け軸、お菓子など一つ一つの要素から生まれる豊かさ。

見ていると、少しずつ心が洗われていく。

感覚が鋭くなっていく。

感じることが深まっていく。

公園

この時代の平均とも言える人生を送っている主人公の暮らしの中に、

静かに存在するお茶の時間。

その時間が、時に悲しみを癒し、時に過去を癒し、時に人としての成長を実感させてくれる時間になっていた。

茶室から見える庭が季節とともにうつろっていくことや、

季節で変わる茶道具、掛け軸。

その茶室で週に一回、時を過ごすことが、

人生における荒波や変化を支える精神的支柱のような時間になっていた。

夕暮れと木

日本には「道」とつくものが沢山ある。

茶道、華道、柔道、弓道、剣道、、、。

何かを極めていく時、身体が所作を覚えていくと同時に、精神性も高まっていくのだろうと思う。

リラックスしながらも集中している状態は、ある意味で禅であり瞑想なのだと思う。

2時間の映画は、まるで坐禅をしているような、瞑想をしているような時間であった。

ただ、川が流れるシーンに涙する。

ただ、静かな時を共に過ごす師と弟子の姿に涙する。

過去も未来も、どんな考えも入り込まないその豊かな時に、

私の心と魂は震えていたのだろう。

公園に沈む夕日

思えば、茶室に流れる「時」や「空気」や「営み」が主役の映画だったように思う。

そこに行き交う人々は脇役。

大事な登場人物ではあるけれど、そのやり取りが、本当の主役である目に見えないものたちを浮かび上がらせる。

きっと、簡単なように見えて、とても難しいことなのではないかと思う。

人に華があり過ぎてはいけない。

存在感があり過ぎてはいけない。

けれど、余韻の残る存在である必要がある。

恐らく、樹木希林さんにしか表現できない雰囲気だったのだろうと思った。

見終えてしばらくは、席を立ちたくなかった。

夜遅くの回だったので、そうもしてはいられなかったのだが、

じっくりとじっくりと、心に染み渡る余韻を味わいたくなる映画だった。

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花芽 英莉(かが えり)

花芽 英莉(かが えり)

10代の頃より、心のことに興味を持ち学ぶ。様々な心理療法、セラピー、カウンセリングなどを学び、実践。人の内側の豊かさや、本来のその人らしさに触れることに、いつも感動し、心の探求を続けている。現在は教育関連の仕事に従事。日々、沢山の人との対話から、本当に一人として同じ人はいない豊かさを心から楽しむ。自然の中にいるととても心が落ち着き、元気をもらう。人との出会いから新しい世界を知ることが大好き。その他好きなことは、旅、読書、音楽を聞くこと、散歩。