アクアフローティング1dayWSに申込 静かなワクワク感を感じる
アクアフローティング。
直訳すると、海に浮かぶ。
海に浮かぶ瞑想。
この存在を知った時、
自然の中での
リトリートを主催する身としても
気になっていたのと、
最近、
とても海に惹かれるので、
興味が湧いた。
案内ページに書かれていた、
「親密さを見つめたい人に」
と言うキーワードにも。
HPを読んでみて、
個人セッションと
ワークショップがあることを知った。
ハーフデイの
ワークショップもあったけれど、
ゆっくり深く味わいたかったので、
1dayワークショップに
参加したいと思った。
HPに掲載されていた、
1dayワークショップ開催日が
どれも都合が合わず、
主催者の方に連絡して、
日程調整していただき
無事参加できることになった。
海での瞑想。
どんな時間になるんだろう。
参加申込してから
静かなワクワク感を感じる。
ワークショップ当日になった
いよいよ、ワークショップ当日。
前日にぎっくり腰になり、
もし痛みがひどかったら
キャンセルのご連絡をしなくては、と
思っていたけれど、
起きてみたら、
痛みはひどくなっていない。
うん、これなら大丈夫そう。
からだの状態を確認できたので、
準備をして、
好奇心を胸に、
集合場所へと向かう。
鎌倉の海を訪れるのは
いつ以来だろう。
だいぶ久しぶりな気がする。
少し道に迷いながらも
集合場所である、
鎌倉の材木座海岸そばの
素敵なお宅に到着。
今回、
ワークショップを
主催してくださるお二人、
マルガとギリと対面。
クッションに座って
冷たいお茶をいただきつつ、
一息ついた頃、
海に行く前に少し対話。
参加の動機を尋ねられた。
直感に身を任せた部分も大きく、
あんまりうまく説明できなかったけれど、
動機や目的をお伝えした。
ここ数年、
私の中にテーマとしてある
「親密さ」「親密な関係」。
独り身で、
なかなかパートナーできないんです、
なんてことも伝えたら、
「自分との親密な関係を持てたら、
他の人との親密な関係なんて
どうでも良くなっちゃうかもよ」
マルガからもらった一言が、
心に引っかかり、
「そうなのかなぁ・・・?
そうなのかもなぁ。」
なんて心の中でつぶやく。
腰が痛いことも伝えて、
無理なく海に入ることも
お互いに確認。
海へ
心の準備が
整ってきたところで
着替えて準備し、
海へ。
砂浜に到着したら、
お二人がテントを設置してくれた。
日差しが強いので、
テントはありがたい。
日焼け止めを塗って、
ノーズクリップを受け取って、
海に入る準備を終えたら、
3人で手をつないで
海へと歩き出す。
ゆっくりと
砂浜を歩きながら、
波打ち際へと向かう。
まずは海にご挨拶。
それぞれのやり方で、
気の済むまで。
そして、
海に入ってみる。
最初はゆっくり足をつけて。
徐々に歩きながら。
少しずつ少しずつ
海が深くなっていくことを
感じながら。
あぁ、海に来たんだなぁ、と
しみじみ感じる。
1〜2日前に
台風が日本列島を
通過した影響のせいか、
波が立っている。
腰の痛みがあるので、
からだと対話しつつ
海の中を歩いて前進する。
時折、大きな波が来ると、
からだに波が当たる衝撃で、
腰が痛む。
「波に抵抗しないで、
受け流すようにして歩くといいよ。」
マルガが教えてくれた。
言われた通りにしてみると、
痛みが和らぐことを感じる。
ゆっくり海の中を歩き、
全身をつけたり、
少し潜ってみたりしながら
海に馴染んでいく。
海に浮いてみる
そんな風に
海に馴染んできた頃に、
ギリに「浮いてみな」と言われて、
ちょっとびっくりする。
マルガとギリは
既に海に浮かんでいた。
その様子を見ながら、
海に身を任せ、浮いてみる。
最初は緊張しながら、
浮いてみた。
浮いた状態で、
自分と自分のからだを感じてみる。
ノーズクリップをしていることもあり、
波が顔に被っても
鼻に入ってこないので
痛くないし、息苦しくもない。
ふっと、からだから力が抜け、
楽な気持ちになる。
波が顔に覆い被さってきても、
大丈夫なんだぁ、と
からだで分かる。
すると、
徐々に慣れてきて
だんだん、からだが緩んでくる。
自由に海に浮いてみる。
時々、波が
私の上に覆い被さってくる。
私を揺らして、
私を運んで、
私を乗せて。
ただ、波に身を任せる。
ただ、海に浮いているって
なんて気持ち良いんだろう。
安らぐんだろう。
時々、
息継ぎの時間が取れなくて、
ぎゅっと体がこわばる。
波の間に顔が出た瞬間、
一生懸命に息を吸おうとする
私のからだ。
首と肩のあたりに
緊張感が続く。
この緊張を解きたくて、
体勢を変えてみたり、
色々と工夫する。
緊張は消えないけれど、
待っていると
波の切れ目はやってきて、
不思議と息が吸えないことはない。
大きさも方向も様々な波に
ただ揺られて、運ばれて、
その時間を楽しむ。
セッションを受ける
1人で浮かぶ時間を終え、
今度は、2人で組んで、
浮く人(クライアント)と、
寄り添う人(Giver)になる。
セッションを受ける人になると、
Giverの人が、
頭や足を持って
時折、からだの向きを変えてくれる。
これもまた新しい体験で面白い。
波に揺られて運ばれる
そのリズムや体験が変わるのが、
1人では味わえないものになる。
そして、
その手に安心する。
もっと
波に身を任せられるようになる。
心地良い体験。
波打ち際の波は、
沖よりも穏やかで、
また体験が変化する。
ここで午前中は終わり、
ウォーミングアップが
できた感じ。
午後は室内でワーク
午後は、
室内に戻って
ゆっくりご飯と休憩。
その後、
日差しが強い時間は、
室内で少しワークをした。
そこでの体験は、
振り返ってみると
「一緒にいる」ことがテーマだった。
相手に何かするのでなく、
相手から何かしてもらうのでなく、
ただ一緒にいること。
そうすると、
していることの体験が変わってくる。
この「一緒に居る」は、
ここ最近の学びでも
テーマになっていて、
そのシンクロに驚く。
夕方からの海での体験も
「一緒に居る」ことが
テーマになり続けた。
再び海へ 自分のパターンに気づく
夕方、
日差しが和らいだ頃に
また海へ。
今度は、
私がセッションする、
Giverをやってみた。
「海がファシリテーターだから、
それをサポートすればいいんだよ」
マルガとギリにそう言われて、
アクアフローティングが始まる。
いざ始まってみると、
海に浮く人に対して
どう関わったらいいか
分からない私がいた。
波が彼を運び、
揺らし、乗せていく。
それで十分に思えたのと、
彼が私にどうして欲しいかが分からず、
戸惑う私がいた。
腰の痛みも手伝って、
迷いと戸惑いの中に居ながら、
腰が引けた状態で
Giverをやっていた。
その後のシェアタイムで
放置された感じがした、と
相手が感じたことを伝えてくれた。
その言葉を聞いて、
これは私のパターンだ、と思った。
相手の望みが分からない時、
どう関わったらいいか分からない時、
「一緒に居る」ができず、放置する。
敢えて、手を離して、
そばに居る選択をしているのだ、と、
意識的にやっている場合は良い。
そうでない場合には、
そのことに気づいていたい。
放置と見守るは、
似て非なるものだけれど、
放置する時に
私自身に起きていることは、
私が私と一緒に居ない、
そして同時に、
相手とも一緒に居ない。
きっと。
私が、私のマインドと一緒に居るとき、
そうなりやすいのかもしれない。
私自身が、
私の考えに翻弄されていた。
そして、
それは私にとっても
心地良い状態ではなかった。
大切なのは、
色々浮かんでくる考えや
良案の模索・べき、などを手放して、
ただ私と一緒にいて、
私に起こってくることと一緒に居ること。
内側に湧いてくること、
体が動くこと、
ただそれと一緒に居る。
理由もない、
結果もわからない、
私を超えたことが
私に起こることをただ許すこと。
この体験と気づきを
味わいながら、
砂浜でしばらく座って
無言で過ごした。
私に起こることをただ許すことと、遊びの要素が私にとって大切
その後、私は、
もう一回Giverをやりたい、と
ニーズを伝えた。
今度は、
ただ遊ぶように
浮かぶ相手と一緒に居た。
時に足を
時に頭を支えながら、
波と相手と居ながら。
相手を危険から守るように動いたり、
あるいは、
遊ぶように海へ送り出したり、
ただ一緒に波に揺られたり。
何も考えず、
私が私と一緒に居た。
そして、相手とも一緒に居た。
海とも、波とも、一緒に居た。
迷いも戸惑いもなく、
相手に関わる怖れもなく
きっと、
遊ぶような感覚も
大事な要素。
セッションを終えて、
その気づきを味わう。
少し休んでから
また海に入り、
浮きたくなって浮いていた。
すると、
マルガとギリが、
Giverとなって、
私をサポートしてくれた。
ただただ、
瞬間瞬間の波に任せ、
二人に身を任せ、
もう、
いつまででも
浮かんでいられそうだった。
海に浮かび、
海と二人と一緒に居た。
そうしたら、
最後に波にポーンと、
砂浜に投げ出された。
打ち上げられた
動物のように。
そして、3人で笑った。
*参考ページ:
アクアフローティングが体験できる、マルガとギリのHPはこちら。
*記事トップの写真画像は、ギリが撮影した写真を許可を得て使用させていただきました。